英語よりも古典の方が分からん…日本人なのに…というジレンマ

「古典」と聞くと思い出す、日本人なのに古典よりも英語の方が分かってしまった切ない高校3年生の記憶…。

そもそも古典は苦手でした。
何が苦手って、単語ごとに切れていないところが。
どこで切れるのか分からないんです。

でも、これ、古典だからではなかった…。

日本語だから、だ。

というのに気付き、「オゥマイガッ日本語ベリベリ難シイネ」と愕然とした高3の私。

日本語って本当に難しいです。
3つの文字を操って(しかも決まり字体は無いじゃないですか、慣例はあるけども)、句読点はあるけれど、これにもルールはなく、何よりも「切れ目」が無い!!

外国人の知人にも、そこが嫌、と言われた事があります。
確かに、英語はその点単語でまとまっているから分かりやすいんですよね…。
どんなに語尾が変わったり不規則変化だったりしても、単語単位で捉えられるから、語意力があればどうにかなってしまう。必要最低限の文法は知識として持っていないとダメですが…。

 

ところが、だ。

日本語、というか、日本人にとっての古典も、切れ目がなくて、どんなに語意力を増やしても、見つけられないのです。切り方が分からないのです。しかも変化するじゃないですか。
未然形とか、連体形とか。
これでまた混乱する。

だから、センター試験のための勉強、相当苦労しました。

まず文法からどうにかしなければ、という事で、ひたすら文法の解説書を読み、先生に質問しに行き、文章の構造を理解するところから始めました。
と同時に語意力も並行して増やし、読み解く力をアップさせる作戦です。

でも、多少は効果があれど、やはり長い時間と根気が必要だったようで、なかなか思うように点数は上がりませんでした。

受験のために勉強していた時は、そういうわけで、古典の事、どうしても好きになれなかったのですが、大人になってみると、古典、おもしろいです。

もちろん今でも読み解く能力はダメですが、解説や現代語訳を読んでいると本当におもしろい。
たまたま手にとって読んだ源氏物語のイラスト挿絵つきの現代語訳がおもしろくて、はまってしまいました。

年齢的なものもあるのかなぁ、高校生ぐらいじゃまだ分からなかったオトナの恋愛事情というか、恋愛感情が少し理解できるようになって、登場人物に感情移入できるようになったというのもはまった理由な気がします。

現代語訳版を読んでから、古語で読んでみると、言葉のたおやかさに感ずるところがあって、日本文学も良いわねぇと思うのでした。